宇宙空間で「自撮り」をする、リーマンサット・プロジェクトの超小型人工衛星『RSP-01』。実は『RSP-01』プロジェクトには、100人以上のメンバーが参加している。メンバーひとりひとりが宇宙開発者であるリーマンサット。開発メンバーがこだわってきたこと、みえてきたものはなんだったのか。各系リーダーにつづく01メンバーへのインタビューの第8弾。

今回は、全ての開発系のプログラムを繋いできたC&DH系の開発主設計者、古川さんにリーマンサット・プロジェクトで宇宙開発をするこだわりや想いについて、お話をうかがいました。

Interview & Text: 鬼頭佐保子 技術広報&RSP-01 C&DH系


RSP-01 C&DH(Command & Data Handling)系

【古川 さん】

ーーRSP-01で連休でも深夜でもおそらく開発現場である工場に一番行っていた、居たなと思うのは、古川さんです。衛星の頭脳部分を担当するC&DH(コマンド及びデータハンドリング)系チームで全ての開発系のプログラムを繋いでいく横断的なタスクをこなしていたとのイメージがありますが、具体的にはどのような開発をしているのでしょうか

古川  C&DH系では、Raspberry Pi (ラズベリーパイ、通称“ラズパイ”)といったコンピューターや姿勢制御にかかるチップや部品、自撮り用アームなど人工衛星のハードウェアを動かすためのソフトウエアが必要で、私はその開発を担当しています。具体的に言うと、RSP-01には各種ハードウェアのハブとなるメインOBC(オンボード・コンピュータ)と呼ばれるマイコンが1個搭載されていて、その中で動くファームウェア(firmware)と呼ばれる種類のソフトウェアの設計、実装、テストしています。

ーーラズパイや送信機・受信機にもソフトウェアは載っていますよね。そうした各開発系が開発しているソフトウェアとC&DH系のファームウェアとは何が違うのでしょうか?

古川  制御範囲が大きく異なります。各系が開発するソフトウェアは、その系が動かしたいものを動かすという目的にあわせたものになっていて、その制御対象もラズパイ単体、受信機単体などサブシステム内部に閉じています。その一方、C&DH系のファームウェアは衛星システム全体の制御が目的なので、衛星に搭載された電子機器すべてが操作できるようになっています。それによって、受信機が特定の地上コマンドを受信した場合にラズパイで撮影する、バッテリー充電率が低い場合にはデバイスへの電源供給を停止する、等といった衛星の振る舞いを実現しています。プログラムの行数は全体で1万5千行くらいなのですが、それを10人くらいで分担して書いています。

ーーえ? 開発に10人もかかわっているとは知りませんでした。モノを組み立てるハードウェア開発と違って、ソフトウェア開発は今どのように開発を進めているのか、外から見えないですよね。そんな大人数で書いたプログラムをとりまとめるのは大変ではないですか?

古川 会社の仕事だと、この規模のソフトウェアなら普通2人くらいで実装しているのかもしれません。でも、やりたいことをみんなでやるのがリーマンサットなので、ここではいろいろな人とつくりあげるのが普通でした。リーマンサットはやる気や思いを持った人が集まって誰でもやりたいことに携われるのが前提になっているので、むしろこれが普通になっていますが、こういう開発環境もなかなかないよなと思います。それがリーマンサットの良さなんだろうなとも思っています。

とりまとめが大変と思ったこともないですね! むしろ、自分の手が回わらないということがよくあるなか、メンバーみんながちゃんと作業をこなして助けてもらえることも多かったので、「ありがとう」という気持ちが大きかったです。

ーー私も「見習い」と称して、プログラミングとは何かから設計書の読み方など本当にゼロから教えてもらうという状態で、C&DH系に入れてもらいました。いわば古川さんは師匠で「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。C&DH系にはそういう人も何人かいますし、広報部メンバーが工場に来た時も「やさしいC&DH系講座」を何回もしてくださいましたよね。

古川 C&DH系に興味を持ってくれたことは嬉しいですし、そもそも人に教えることは好きなんです。なので、人に教えるということは、全然苦ではなかったんですよ。

ーーそこまでRSP-01プロジェクトに多くの時間や思いというか、モチベーションは何なんでしょうか? リーマンサットでの開発が日々楽しかったからとかですか?

古川 日々楽しくはなかったです(笑)。特に最初はモノが全然動かなかったですし、動かないと楽しくも面白くもないです。ただ、ソフトウェアとハードウェアをつくりながら、だんだん人工衛星という「作品」がちゃんと動くようになるのは、すごく楽しいです。基本的には苦しいと思う時間の方が多いのかもしれないのですが、できた!動いた!という瞬間のために頑張れましたね。

つくっている時は「手を動かすことに集中」するのが大事だと思っていますし、毎月工場にはよく行っていましたが、本当に他のメンバーも助け合いながらすごく手を動かす人たちだったので、自分も投げ出さないと決めていました。また、三井プロジェクト・マネージャーの「すべてを受けいれてくれる」力もすごかったと思います。

ーー確かに01メンバーになった時も今も開発に興味がある限り、自分の「すべてを受けいれてくれる」場であるというのは私もすごく感じています。落ち込んだ時こそ工場だったり(笑)。古川さんはC&DH系のチームメンバーとは、どのように活動していましたか?

古川 わりと最初からチーム内の役割分担ははっきりしていて、リーダーの安達さんは主にシステム設計、森下さんやおすぎさんは基板ハードウェア開発、自分はソフトウェア開発というような感じで、お互い自由に独立して開発をすすめていました。ハードウェア担当が設計をかえたから新しい基板を発注したと後から言われた時は、その基板設計をどんどん変更していく速度に、え?まじ?と吃驚したエピソードもありました(笑)。ハードウェアのことを知らないので、そこはチップなどの知識にすごく詳しい森下さんやおすぎさんに徹底的に頼りましたし、とにかくコミュニケーションをとりました。

また、ファームウェア開発ではC&DH系だけでなく各系のメンバーとものすごくコミュニケーションをとることが多く、RSP-01のメンバーとは、学生時代の続きではないんですが、学生時代(2)のような仲間になりました。実のところ宇宙の話はあまりしないのですが、仕事で繋がっているわけでもなく深くかかわれる仲間です。

ーー結合試験では相当苦労していますよね?

古川 リーマンサットにおける開発は、「検証ファースト」と思っています。理想としては設計図どおりに動くのがいいのですが、メンバーの多くにとって衛星開発は初めてで、どうやって設計すれば正解なのかがわかりません。そのため、実は最高の設計より最高のテストをすることが重要なんです。もう1年くらい「作っては動かしバグを徹底的につぶし、作る」を繰り返しでしたね。最初に設計があってそれをつくりあげるというより、何度もつくりなおしながら設計した作品です。だから最初の基板と最後の基板は全然違うものになっているんですよ。

開発当初は自分はまだファームウェア開発は未経験だったので「動かしながら続ければ答えはちゃんと見つかる」と思えるようになりました。そもそも最初からやり方がわかっている人はいない環境ですし、でもそうやってちゃんと作り上げていくというのがRSP-01のやり方だったと思います。

ーー開発に奮闘しているなかで、これは忘れられないというエピソードはありますか?

古川 やはり通信機とメインのコンピュータとの通信が全くできなかった時ですね。通信ができないということは、人工衛星が動かないとのことで致命的ですし、この問題が解決しない限り人工衛星は完成しないわけです。しかもRSP-01オリジナルの通信機が完成して、人工衛星本体との結合試験をはじめるぞ!というタイミングで波形がおかしい、通信できないということが起きたわけです。じゃあ解決のために入れたいことや部品がたくさん詰まっているC&DH系基板のなかで何を犠牲するか等を話しあいながら、設計しなおしたのですが、それまでの1か月くらいは、いやあ辛かったですね。他にもラズパイの電源が突然おちてしまう現象が続く問題とか。これが原因かもしれないという勘所もなく、1か月くらい原因究明をしながら解決していった時のことは忘れられません。

ーーでも結局はきちんと解決している。そこは忍耐もですが解決できる力というのもすごいと思います。古川さんは普段のお仕事とRSP-01の開発は繋がっているのですか?

古川 今の仕事ではファームウェアやLinuxのデバイスドライバを書くということはやっているので、リーマンサットでの開発と繋がっています。でも、実はRSP-01開発に参加した当時は、大学での専攻とは関係ないソフトウェア組み込み系の仕事をはじめたばかりで、機械を動かすようなソフトウェア開発については知らなかったし、やっていなかったんです。むしろ、リーマンサットでソフトウェア開発をしているうちに、これは本業でも同じようにできるんじゃないかと思って異動を希望し、運良く今の仕事に変えることができたんです。

ーーRSP-01に入ったきっかけは何だったのですか? 宇宙で動く機器をつくりたい、人工衛星をつくりたいという思いが強かったのですか?

古川 以前から宇宙に何らかの形でかかわってみたいという思いはありました。そうはいっても誰もがロケットや衛星をつくる仕事につけるわけではないので、趣味で宇宙に関われるところで宇宙で動くもの、飛ぶものをつくれる場を探していたら、リーマンサット・プロジェクトに行きついたんです。しかもつくれる「技術」をもった人だけがつくるわけではなく、つくりたい「思い」をもった誰もが気軽に関われるところがあるんだと見つけた時が、ちょうどRSP-01立ち上げの時期でした。そのため、まだPDRを終えていなかった初期から関わることができました。

でも入ってみてここまで続けてこられたのと、自分を変えられた場としての意味の方が大きかったと思います。宇宙開発「技術」を得たこと以上に、気合というか「あきらめない心」を得ました。学生のときは、勉強や研究などで躓いたらよく簡単に諦めてしまっていて後悔することが多かったと思うんですが(笑)、RSP-01プロジェクトでは「途中でさぼっても絶対投げ出さない」とか「手を動かすことはやめない」とか心に誓って活動しています。もちろんわからないことが多くても、多少わからないことがあっても人にきいたり、時間をかけて理解してすすめればいいと思える環境でもあったわけですが、三井プロジェクト・リーダーがなんだかんだ常に「やる気」をださせてくれるところもあり、やめられませんでした。

ーーそれはRSP-01プロジェクトチームの最大の特徴でもありますよね。ともに人をつくっていくチームだと。そしてリーダーは、やりたいと思っている限り絶対見捨てないというのがぶれないので精神的に支えられましたよね。

古川 技術的なことだけでなく、リーダーの在り方、組織やチームはこうしてつくられる、人とはこういうふうに繋がっていくのだということも学びましたし、技術開発と人材開発が同時に行われていて最高のチームだなと思います。そういう意味でRSP-01プロジェクトはモノづくりとしては人工衛星を作ったんですが、人や「チーム」もつくりあげてきたと思っています。

ーー最後に次に向けた想いを聞かせてください。

古川 RSP-01については、やはり宇宙からの一声を聞きたい、宇宙から自撮りした一枚目の写真をみたいです。青い地球が写った写真をみたら、きっと泣きますね(笑)。あとは組み込み系からソフトウェア開発に一歩踏み出せたので、さらに専門性を高めて一人前の技術者として成長していきたいです。


そのまた未来へ、RSP-01プロジェクト、まだまだ新たなチャレンジを続けています!

ただいま運用メンバーも募集しています。参加についてはこちらから。


【この記事を書いたメンバー】

鬼頭 佐保子
広報部 技術広報課長、技術部RSP-01プロジェクトC&DH系、rsp.横浜支部長。
趣味は宇宙開発、宇宙教育、星空案内、美味礼賛。7つの海を渡るのが夢。


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